【12】貧乏だと、夢も高校も選べない。

四葉ストーリー

貧乏はイヤだ。
貧乏だと、夢も高校も、選べない。

演劇の夢を否定される

前回の記事で書いたように、
私は演劇にどハマりして、
将来は役者になりたいと思っていました。

このことを母親に伝えたところ、
「悪いけど、お前にそんな才能は ないよ。」
「そんなので食っていける訳ないだろう。」
と、バッサリ否定されてしまいました。

そりゃあ、演劇とか役者を目指すとか言ったら、
難色は示されるだろうと、当時の私も予想していました。
でも、「才能」まで否定されるなんて…。
当時の私には、やはり、とてもショックでした。

学校の先生になって、演劇に携わろう

そして、当時の私は考えました。

確かに、役者とか女優を目指して「食っていける」のは、一握りの人間だろう。
どんなに大好きな演劇でも、食っていけない(それで生活していけない)のは、私もイヤだ。
でも、演劇も あきらめたくない。
・・・そうだ。学校の先生になろう。
学校の先生になって、「演劇部の顧問」という形で、演劇に携わっていこう。それなら、食っていける。

・・・これが、私が教員を目指すことにした、最初のきっかけだったのです。

有名進学校に行きたかったのに

学校の先生を目指すなら、
大学は教育学部に行く必要があります。
そして そのためには、高校は進学校に行きたい。

以前の記事で書いたように、
私にとっては、「勉強できる」ということが
ある意味「アイデンティティー」
そして「承認欲求を満たすもの」でした。

だから高校も、
「勉強できる女子が行く、有名所の進学校」
に行きたかった
んですよね。
当時の近隣だったら、水戸二校とか土浦二校とかが、
それに当たりました。

自分の成績的には、
充分選べる高校だったと思います。

ですが、これも親に反対されました。
理由は、電車通学になるからです。

実は、私が中学1年生の時、
地元に新しい県立高校ができました。
中学よりも近く、自宅から自転車で15分位の場所です。

そのため、この高校ができた時から、
母にはずっと、言われていました。

「うちはお金がないんだから、あの高校に行きなさい。
いいじゃないの。近くて新しくて、制服も可愛いんだから。」

その高校は、当時は珍しい普通科4コース(体育、人文、国際、理数)
の学校で、偏差値もそれぞれ異なり、国際とか理数のコースを選べば、
まあ、それなりの偏差値が必要、という高校でした。

私の進路先の候補として、
親に言われなくても、
十分選択肢には入ってくる高校
でした。

だけど、中学1年生の頃から
他の選択肢を全く与えられず、

「お金がないから、お前は あそこに行くしかない」。

そう言われ続けた事は…
やっぱり、納得がいきませんでした。

結局私は、この地元の県立高校に進学しました。
結果的に、そこの高校生活は
それなりに充実していたので、
行って良かったとは思っています。

だけど、進学先を選ぶプロセスとして、
自分の希望を、一切聞いてもらえなかった。
(これは「話を聴く」も含め。)
選択肢を、最初から与えてもらえなかった。

これに対するモヤモヤは、
ずっと消えませんでした。

親の事情。母の事情。

親がそのように押し付けてきたのには、
やっぱり、親には親の事情があります。
まず現実に、生活が苦しかった。

父は新しい勤務先で
一生懸命働いていましたが、
正直給料は少ないところだったそうです。
そのため、母は当時、新聞配達などもして、
家計を支えていました。

そして、私の後には、3人の妹がいるわけです。
教育費を少しでも抑えたい。
それが切実だったのは、私にもわかります。
それから、また世代間連鎖のような話になりますが、母は中卒なんですよね。

世代間連鎖について書いた記事はこちら

母の実家も生活が苦しく、
5人兄妹の末っ子だった母には、
それこそ、進路を選ぶ自由などなかったそうです。

母の時代でも、クラスの3分の2は高校に進学したと言います。
だけど母は、最初から
そのような選択肢を もらえなかった

就職先も、本人の希望は一切聞いてもらえず、
親が決めた場所だったといいます。

そんな母からしたら、

「高校に行かせてもらえるだけ、いいじゃないか。
しかもその高校は、近くて新しい高校なんだし、それで充分じゃないか。」

そういう感覚だったのかも知れません。

貧乏はイヤだ。夢も進路も選べない。

でも、私はこの経験で つくづく思いました。

貧乏はイヤだ。

どんなに成績が良くても、
貧乏だと、
好きな進路を選ぶこともできない。
好きな道(演劇)をめざすこともできない。

お金の心配がなく、
好きな進路や習い事ができる
同級生がうらやましい。恨めしい。

私は絶対、
将来はちゃんと食っていける、
お金では苦労しない職業を選ぼう。

だから、学校の先生を目指そう。

中学時代の話は、ここまでです。
次回から、高校時代に入りますね。

→次回の記事はこちら【13】「青春の高校時代」
→今回の話の続編となる記事もあります。【14】必死にもぎ取った大学進学

▼ちなみに、下は 高校入学時の写真。
(2番目妹が中学入学、3・4番目が小学校入学と、4人全員の入学が重なりました。
だから、実際両親は大変だったのだと、当時も今も、頭では理解しています。)

 

四葉さわこ

四葉さわこ

公認心理師。愛着トラウマが専門。カウンセリングルーム「アイバランス」代表。

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