私も厳しくなる時があります。
■私も、厳しくなる時があります。
人から見る私のイメージは、
まず最初が、「まじめ」「しっかりしている」。
次に、「癒される」「優しい」・・・のようです。
(自分で書くの、ちょっと恥ずかしいのですが。(^^;))
特に私は、カウンセリングをやっていたり、講座でお母さんたちに
「受けとめることの大切さ」(承認)、「自分も他人も認めることの
大切さ」などをうたっているから、余計そう感じるのでしょう。
「バランスさんは、”承認”ということを最も大切にしている、
母性愛を目指している人」
・・・そのように取られるのでしょうね。
確かにそれは、間違ってはいません。
(基本的には、その方向を目指しています。)
ですが、何事も、やっぱり「バランス」です。
母性も必要ですが、父性も必要な時があるのです。
(”母・父”ではなく、”母性・父性”です。)
こんな私だって、必要な時や必要な場面には、あえて厳しくなったり、
一見”無情”なような行動をとることがあります。
最近行ったグループ・カウンセリングの場でも、
あるお母さんに対して、私は厳しい口調で、厳しい言葉を
かけてしまう場面がありました。
そのお母さんとは、個人カウンセリングでも半年以上のお付き合いが
あって、ずっと、同じ事から逃げていることがよく分かっていたので、
あえてその場面では、それを指摘し、責めるような言葉をかけてしまいました。
でも、間違った行動だとは思っていません。
周りにいた人たちは、私がいつものイメージと違う態度をとったので、
驚いた(@_@;)ようですが。
けど逆に言えば、周りにフォローしてくれる人がいたからこそ、
私は安心して、そのような役割を果たすことができました。
そもそも彼女には、そのような厳しい言葉をかけてくれる人も、必要だったのです。
彼女の切羽詰まった状況を考えると、一刻も早く行動を起こすために、
承認よりも、「厳しい言葉」が必要だと、私は判断しました。
実際彼女には、
「(厳しい言葉で)言ってもらってよかった。」
そう言ってもらうことができました。
逃げているだけでは解決しないこと。もう、行動を起こさなくてはいけないこと。
その現実に向き合う覚悟が、やっと少し、ついたようです。
ちなみに、このブログで何度か話題に出している長男(笑)にも、
最近、そのような対応をする場面がありました。
この時は、4歳の長女にまで連帯責任をとらせるような形になってしまい、
そのことは、彼女に本当に申し訳ないと思ったのですが、
でも、私なりに一生懸命説明して、長男のためにと、何とか協力してもらいました。
・・・そちらの話は長くなってしまいそうなので、
また次の記事で書きますね。(^^)
厳しい言葉をかける側の『愛』を、バランスさんも感じながら・・・
だったのだろうなぁと感じつつ読みました。
愛があることが伝わるから厳しい言葉も受け入れてもらえるんですよね。
どちらもやっぱりバランスさんですね♪
はい。
周りの方も、ご本人も、それを感じたと後から言ってくれたので、私も安心しました。(^^;)
でも、こういうのって、本当に難しいですよね・・・。(伝え方とか・・・)
>どちらもやっぱりバランスさんですね♪
ありがとうございます。
ここでも、「ベースは愛情」、「存在承認」というママイキの内容を思い出してしまいました。(^^;)