先週末に、母とのことで大きな変化があった、という報告をしました。
「鏡の法則」の実践を、何とかすることができたのです。
遅れましたが、何回かに分けて、その母とのことを報告したいと思います。

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私にとって、許せない人=母でした。

詳しいことは書きませんが、

  • 自分の好きなことや得意、行きたい進路を認めてもらえなかった。
  • 褒めてもらった記憶がない。
  • 父のこと、経済的に余裕がないことについて、いつも愚痴や文句ばかり言っている母の姿がイヤだった。
  • 母の怒りやマイナス感情を、いつも ぶつけられるのがつらかった。

…などがあります。

 
私は4人姉妹の長女ですが、母が、妹たちにも同じような(進路を自由に決めさせないなどの)様子だったのが、本当に許せませんでした。
 「お金がない。」「それで十分。」を理由に、本人たちの希望や選択肢を奪ってしまう。

そのことに、いつも怒りを感じていました。
妹たちはすっかり諦めている様子でしたが、私はどうしても許すことができず、母とは年中、喧嘩をしていました。

父に対しても、今はありませんが子供の頃は、憎憎しい気持ちを抱いていました。
母が、家計に余裕がないことを、よく父のせいにしていたからです。
母には、父の悪口や愚痴を よく吹きこまれました。

「そうか。私が好きなものを買ってもらえないのも、進路を選べないのも、父のせいなのか!」 
そう信じてしまったのです。

でも大人になった私は、そんな母の姿勢の方が、おかしいと気が付くようになりました。
そして、父へのマイナス感情を植え付けられたことに対して、逆に、母を恨むようになりました。

 

「私は、母のようには なるまい。
 母は反面教師だ。
 私が母親になったら、旦那の悪口を子供たちに言ったり、感情的に怒ったり、子供たちの思いを無視したり、そんなことは絶対にしない!
 理想的な母親になる。理想的な育児、家庭をつくりあげる。
 それが、私には出来るはずだ!」

 

・・・そう信じるようになりました。

教員としての知識や経験、育児書の類もたくさん読んだことで、それが出来るような気がしていたのです。

 

ところが。
現実は全く違いました。

私は、理想的な母親も、育児の実践も、できなかったのです。

 

頭では分かっているのに。

そして、母のようになるまいと、あんなに決めていたのに!

子供が思い通りに動いてくれないと
(寝てくれない。泣き止まない。ご飯を食べない。言う事をきかないなど。)
感情的になって、怒鳴ったり、手を挙げたりすることもありました。
なだめても すかしても言う事をきかない子供たちが、許せなくなりました。

 

「――私が子供の頃は、これくらいの事は、(親の)いう事をきいてきた!」

忘れているのかも知れないけれど、私は、進路のことなど、どうしても譲れない部分は反発したけれど、日常生活の中で言うことをきける部分は、なるべくその通りきいてきた。

・・・そんな思いが、多分私の中に、あるような気がします。

 
そんな自分に、
理想と現実とのギャップに、本当に苦しくなりました。

「頭では分かっているのに、できない!
あんなにイヤだった感情的な母親に、私が、なっている!」

罪悪感や自己嫌悪感で悩むことが続きました。

教職の仕事をしながら、ワーキングマザーとして育児していた頃は、特に、ストレスが強まりました。
毎日毎日が時間に追われて、子供たちをゆっくりと見る心の余裕が、全くありませんでした。

それで、ちょっとしたことで、声を荒げる私がいました。

・・・私は、何をやっているんだ。

 

理想の母親どころか、あんなにイヤだった、自分の母と同じようなことをしているじゃないか。
こんなにストレスを抱えて、イライラして、疲れていて・・・。

私は、仕事をとるのか、家庭をとるのか。
他人の子供たちをとるのか、自分の子供たちをとるのか。

答えはもちろん、 「自分の子供たちをとる」 でした。私はやっぱり、理想的な母親になりたかったのです。

そして、教員を辞めることにしました。

【2】に つづく