2007年6月3日

先日、「理想の自分誕生クリニック」という長期セミナーに
参加した人たちの、同窓会のような報告会のような集まりがあった。

参加当時の記事についてはこちら↓
      「理想の自分誕生クリニック体験談

私は、報告会で次のような話をした。
最近、心からそうだな、と思っていることだ。

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理想の自分や人生を創るとは、

自分がすでに持っている「素材」をもとに、
彫刻を創るようなもの
 だと思う。

生まれた時から、すでに素材は持っている。
人それぞれ、色合いや大きさに特徴はあるけれど、
無限の可能性を秘めた、粘土のようなかたまり。

子供の時にいじめられた経験。
夢中になって取り組んだ、あのこと。
親からの言葉や期待。

それぞれの経験のたびに、素材は、こっちが凹んだり、
あっちの方に何かの形が出来上がってきたり、
独特の色や形を かもし出して来る。

物心ついて、誰もがふと思う。

「私は、どんな彫刻が創りたいんだろう・・・。」
「私は、どんな形を目指していこう・・・?」

こねて、削って、形を作って、考えて。

私の場合、本気で「彫刻作り」を意識したのは、2年前。
仕事と育児の両立に悩み、教員を辞めた時だ。

育児との両立ができ、
自分が心から納得のいく仕事で、
食っていける人生を歩みたいと思った。

まずは女性起業塾に行った。
女性起業塾で、彫刻を「いかに効率よく創るか」、その方法を
教わろうと思った。モデルとなるような「お手本」を見つけて、
真似したいと思っていた。

でも、女性起業塾が推奨している「会社」スタイルは、
私の目指す「彫刻」と、どこかが違うことにやっと気が付いた。

その後、「理想の自分誕生クリニック」に行った。
そこに行けば、彫刻を思うようにつくれる、「魔法の手」に
してくれるんじゃないかと、(どこかで)期待していた。
私の目指す「彫刻」の形は、「これだ!」と気が付かせて
くれるんじゃないか
と期待していた。

クリニックからは、たくさんのことを学んだし、得ることができた。
でも、魔法の手になることは出来なかった。
彫刻は、相変わらず、自分が持っている力量と、自分が持っている
この頭、この手で、形作っていくしかなかった。

その後、
「これぞ、私が目指していた彫刻だ!」と思える出合いが
あった。その人の生き方、仕事の仕方、家庭との両立の仕方、
全てがそのまま、私が欲しい「モデル」のようなものだった。

私は、この人についていって、この人が持っている彫刻を、
そっくりそのまま、自分の彫刻に模倣しようとした。
この人のやり方を そっくり真似れば、理想の生き方が
できるんじゃないかと錯覚した。

でも、
私が持っている素材と、その人が持っている素材は違かった。

生まれ持ったものもある。
その人それぞれの経験、得てきたものがある。

その人が持っている「彫刻」を、
私がそっくりそのまま、模倣することは不可能だった。

・・・私にはすでに、これまでに一生懸命形作ってきた
「素材」がある。

私の価値観と、
私の両手両足、頭、
私の不器用な行動で つくってきた、この彫刻。

独特の色、独特の形をしていて、誰のものとも違う。

そして、ある程度の形も見えている。
かけがえのない、製作途中の「彫刻物」!!

生まれた時からつくってきた、この製作途中の「彫刻物」
を基にしか、私の「理想の彫刻(自分・人生)」は、つくれない。

モデルを見つけたり、
彫る「いい方法」を教わったり、
彫刻を彫るための「心構え」を聞いたりしてきて、

それは全部、私の頭や手に、大きな力を与えてくれた。

あとは、少しずつ力を付けてきた この「私の手」で、
彫刻を彫り続けていくしかない。
そうでないと、私が心から納得する「彫刻物」は、創れない。

私は、34年近く作ってきた、この素材をもとに、
私の頭と、私のこの手で、
理想の彫刻を創っていく。

理想の自分、理想の人生は、「原型」が、すでに手元にある。

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・・・こんな話をした。

(報告会で話した時よりも、ちょっと加筆した部分があるけど。(^^;)

理想は外にあるんじゃなくて、
自分の手元から、創っていくもの。

・・・そんなことを、言いたかったんだ。
  
ね?

理想主義、完璧主義だった私が、
ずいぶん、吹っ切れてきた感じがあるでしょ?