【69】自己重要感を育てる「ストローク」とは? (子育てママ必見)

じぶん理解

【69】自己重要感を育てる「ストローク」とは?(子育てママ必見)

今回の記事、読んでいて本当にショックでした。
自分の子供時代、現在の自分の育児、思い出しては、大きなため息と涙が出てきました。


「人生で繰り返してしまうパターンの出所とは?」その6
▼今回の記事
自己重要感を育てる「ストローク」とは?


<覚書>

今回の覚書は、必要最小限しか書きません。
少なくとも、子育て中のママには、野口さんの記事
直接読んでもらいたいな、と思います。
私も、今回の内容を思い出したい時は、野口さんの記事を直接読み返したいと思います。

○人はなぜ、ゲームを演じてしまうのか。
それを考えるために、まずは「ストローク」という言葉を覚えておいてほしい。
ストローク・・・相手の存在や価値を認めるようなさまざまな働きかけのこと。

肯定的ストローク否定的ストローク
条件付ストローク無条件ストローク

○人間は、ストロークが得られないと生きていけない。
だから、肯定的ストロークが得られなければ、
せめて否定的ストロークでもいいから、得ようとしてしまう。

○人間が最も恐れているのは、ノーストローク(=ストロークがもらえない)の状態、
つまり、関心を示してもらえない状態。

○望ましいのは、「無条件な肯定的ストローク」。


自己受容

<感想&気付き>

もう、とにかくショックで涙が出てしまいました。
涙が出るほど「痛い」ということは、私の心に大きく響く部分があるから。
身に覚えがあり過ぎるから。・・・だと思います。

・・・わたしは、「私を認めて」という気持ちが、とても強いのです。

わたしは、誰かに認めてもらえるようなことがあると、
ものすごく嬉しくなって、安心することができます。
でも、誰かに、私を認めてもらえてないような様子が伺えると、
たまらなく不安になってしまうのです。

そういえば、私が子供の頃、「いい子ぶりっこ」「優等生」を演じていたのは、
周りの人たちに、自分を認めてもらいたかったからかも知れません。
相手や周りが望んでいる態度・言葉を敏感に感じ取って、「自分が認めてもらう」
そのために、一生懸命「いい子」を演じていた
のかも知れません。
バランス

私は、相手の反応がないことにも、非常に敏感に反応してしまいます。

もし、返事や反応があるなら、
例えそれが期待通りのものでなくても、まだ構わないのです。
でも、特にネットやメールなどのやりとりで、相手の反応や様子が
全く伺えない状態になってしまうと、私は、大きな不安にかられてしまいます。
心配や妄想に駆られる時もあるのです。

なぜ?
どうして?
私が、何かまずいことを言ってしまったかしら?
私が、まずいことを書いてしまったかしら?

「待つことは大切だ。」
「相手には相手の事情がある。」
「相手の行動をコントロールすることはできない。」

頭ではよく分かっているつもりなのに、
それでも、相手の反応や返答を期待してしまう私がいます。

肯定」でなくてもいい。とにかく何らかの反応で、「承認」してほしい――。
だから、自分もなるべく、周りの人や子供たちのことを、できる限り
「承認」したいと思っています。「分かるよ。」「がんばってるね。」などなど。

そう、私がこだわっている「共感」って、「承認してあげる」って事かも。
そしてそれは、「私が」共感してもらいたいから。承認してもらいたいから。

だから、そこにこだわっているのかも知れません。
「自分が欲しいものだから、相手にもなるべく与えてあげたい。」
そう、無意識に思っているのでしょう。

自己受容

ところで、ママイキやコーチングで言う「承認」が、
イコールここで言う「ストローク」になるのでしょうか。

いや、ストロークだけでは、否定的なものも含まれるから、
「肯定的ストローク」をイコールとした方がいいですね・・・。

・・・でも私は、自分の子供から、私が望む反応を得られない時、たいてい、
「否定的ストローク」で、反応を返してしまって
います。

「聞いているの?」
「分かっているの?」
「何回いったら分かるの?」

私がキレるポイントって、もしかしたらそこかも知れません。

「こんなに言っているのに、分かってくれない。」
「こんなに困っているのに、言うことを聞いてくれない。」

――「子供が言うことを聞かない」。

私が反応するのは、いつもそこなんです。
この”言うこと”って、正しいこと、しつけだと思っていたけれど・・・。

もしかして文字通り、
「私の言うこと」、「私の存在や言葉」を、彼らが無視している。認めてくれていない。

そういう風に、「反応」していたのかも知れません・・・。
そう考えれば、子供たちが、私がせっかく作った料理などを食べない時に、
毎回無性に腹が立つことにも、納得がいきます。

私の”言葉”や”料理”や”状況”を、子供たちが受け入れてくれない時に、
私は、無性に腹が立って、キレていたのかも知れません。
そして、ひどい「否定的ストローク」を、ぶつけていたのかも知れません。

自己受容

ここで、再確認。

○子供が言うことを聞かないのは、私の存在を否定している、ということではない。
私の考えや言葉を否定しているのでもない。
ただ、「相手は子供だから、そんなもの」。ただそれだけ。

○子供が、私の作った料理を食べないことも、
決して、私の存在や料理の出来栄えを、否定している訳ではない。

○相手から望む反応が得られないことは、
決して、イコール「私を否定している」ということではない。

バランス

・・・今回の内容は、私にとってあまりにも深いです。

この記事を読んだのが1年前だったら、同じような衝撃や発見はなかったかも知れません。

今、このタイミングだから、いろいろなことが繋がって、分かってきたのかも知れません。

今だからこそ、「自分の母親を恨む」というところに逃げないで、
望む人生、望む私に繋げるには、どうしたらいいのか、考えられる・・・。

そういう見方ができるようになったから、やっと今になって、
自分のビリーフや真実が見えてきたのかも
知れませんね。

自分や真実に向き合うのは、つらい時もありますが、がんばります。


≪後日談≫
この記事に対して、いっしょにIKUJI仲間の「さとりん」さんが、
とても嬉しいメッセージをくれました。
さとりんさんに許可を頂いて、こちらの記事で紹介しています。

◆「承認」「自己受容」ってどういうこと?(2007年4月2日)

 

四葉さわこ

四葉さわこ

公認心理師。愛着トラウマが専門。カウンセリングルーム「アイバランス」代表。

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