【68】「とっちめてやるぞ」ゲームは最悪のマネジメント

じぶん理解

【68】「とっちめてやるぞ」ゲームは最悪のマネジメント

最近の内容は、今の私にとって、いろいろな意味で大事なところです。


「人生で繰り返してしまうパターンの出所とは?」その5
▼今回の記事
「とっちめてやるぞ」ゲームは最悪のマネジメント


<覚書>

前回の記事【67】からの続き。
心理的ゲームとは、わかっちゃいるけどやめられない
「人間関係や行動のパターン」
のこと。
しかもそのゲームは、1回限りではなく、
何度も繰り返される特徴がある。

非建設的な結末に向かって、時間を浪費してしまう。
そのことがわかっているのに、繰り返してしまう。

そんな心理的ゲームについて、
今回の記事では、代表的なものをあと3つ紹介している。

●「はい、でも」ゲーム

自分で答えを求めていながら、どんな提案、どんなアドバイスを
しようと、このゲームを持っている人は、「はい、でも・・・」と、
次々に反論をし、絶対に受け入れようとしない。

この人のゲームに相手が乗っかってしまうと、
何を言ってもその人は受け入れようとしないので、
相手は、敗北感や無力感、不快感を感じることになってしまう。
(※参照フラワーエッセンス:ヘザー、ウォーターバイオレット)

●「さあ、とっちめてやるぞ」ゲーム

>このゲームを演じる人は、日ごろから気に食わない相手に、何らかの
>落ち度や失敗を見い出すや、それを指摘して執拗に責め立てます。
>相手をとことんやり込めることで、自分が優位に立とうとするゲームです。

>場合によっては、何ヵ月も前のことを持ち出したり、あら探しをしてまで、
>相手のことをやっつけます。

>このゲームを演じる人は、実際は、優位に立つどころか、信頼を失い、
>嫌われてしまうのが結末です。
>また周囲の人は、やる気を失って、ことなかれ主義の保身術に身をやつす
>ようになります。
(※参照フラワーエッセンス:ビーチ、ホリー、バイン)

●「あなたのためなのに」ゲーム

>問題を抱えている人に熱心に世話を焼き始めるのですが、お節介である
>ため、相手は「好意の押し売り」と感じるようになります。
>その結果、最後は相手から拒まれ、「あんなに世話をしてあげたのに、裏
>切られた」と感じる結末になります。

>ことわざで言うと、「恩を仇で返された」「飼い犬に手を噛まれた」など
>の結末に終わるゲームです。

>これは、親子の間でも、よく親が演じるゲームです。
>「お母さんは、あなたのためを思って言っているのよ」と言いながら、
>自分の描く愛情のイメージに子どもをはめ込もうとすると、子どもにとって
>はひどく重荷になります。
(※参照フラワーエッセンス:
レッドチェストナット、チコリー、バーベイン、ウィロウ)

<感想&気付き>

「さあ、とっちめてやるぞ」「あなたのためなのに」について、ゲームを
持ってるまでは行かない(多分・・・)けれど、親として、気をつけたいなと感じる
部分がありました。

まず、相手の落ち度や失敗を指摘したり、責めたりしても、
相手は不快な気持ちになるだけで、その人の信頼を得たり、
良好な関係を築くことには、決して繋がらないのだ
、ということ。

これが、真の愛情から、「100%相手のことを思って言おうと思う」内容ならば、
そしてそこに、相手への敬意や配慮がきちんとあるならば、また話は違うのだろう。

けれどもそうではなくて、ただ自分の知識を見せ付けたい、自分が
いかに優れているかを見せつけたい、という自己顕示欲からだったら・・・。
もしくは、ここでゲームとして挙げられているように、相手をやっつけて
やりたいと思う、気持ち
からだったら・・・。

私は、自分の子供たちに対して、どうだろうか。
見直し要、かも知れない。

それから「あなたのためなのに」について。

自分がよいと思う”そのこと”は、本当に、その人のためになっているだろうか。
人間の究極的な目的は、「幸せになること」だと思うけど、その「幸せの定義」、
「価値観」は、人それぞれ違う。

そして、育児・子育ての究極的な目標は「自立させること」。
「生きる力」を養ってやること。
親として、私が子供たちにやってあげるべきことは、
その究極的な目標のために、必要なものを与えることだ。

それは、自己肯定感だろうか。
経験だろうか。信頼だろうか。

大事なことを、見失わない私でありたい。

 

四葉さわこ

四葉さわこ

公認心理師。愛着トラウマが専門。カウンセリングルーム「アイバランス」代表。

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