
今回の記事、読んでいて本当にショックでした。
自分の子供時代、現在の自分の育児、思い出しては、大きなため息と涙が出てきました。
「人生で繰り返してしまうパターンの出所とは?」 その6
<覚書>
今回の覚書は、必要最小限しか書きません。
少なくとも、子育て中のママには、野口さんの記事を直接読んでもらいたいな、と思います。私も、今回の内容を思い出したい時は、野口さんの記事を直接読み返したいと思います。
○人はなぜ、ゲームを演じてしまうのか。それを考えるために、まずは「ストローク」という言葉を覚えておいてほしい。
・肯定的ストローク と 否定的ストローク
・条件付ストローク と 無条件ストローク
○人間は、ストロークが得られないと生きていけない。だから、肯定的ストロークが得られなければ、せめて否定的ストロークでもいいから、得ようとしてしまう。
○人間が最も恐れているのは、ノーストローク(=ストロークがもらえない)の状態、つまり、関心を示してもらえない状態。
○望ましいのは、「無条件な肯定的ストローク」。
<感想&気付き>
もう、とにかくショックで 涙が出てしまいました。
涙が出るほど「痛い」ということは、私の心に大きく響く部分があるから。
身に覚えがあり過ぎるから。・・・だと思います。
・・・わたしは、「私を認めて」という気持ちが、とても強いのです。
わたしは、誰かに認めてもらえるようなことがあると、ものすごく嬉しくなって、安心することができます。でも、誰かに、私を認めてもらえてないような様子が伺えると、たまらなく不安になってしまうのです。
そういえば、私が子供の頃、「いい子ぶりっこ」「優等生」を演じていたのは、周りの人たちに、自分を認めてもらいたかったからかも知れません。
相手や周りが望んでいる態度・言葉を敏感に感じ取って、「自分が認めてもらう」そのために、一生懸命「いい子」を演じていたのかも知れません。

もし、返事や反応があるなら、例えそれが期待通りのものでなくても、まだ構わないのです。でも、特にネットやメールなどのやりとりで、相手の反応や様子が全く伺えない状態になってしまうと、私は、大きな不安にかられてしまいます。心配や妄想に駆られる時もあるのです。
なぜ?
どうして?
私が、何かまずいことを言ってしまったかしら?
私が、まずいことを書いてしまったかしら?
「待つことは大切だ。」
「相手には相手の事情がある。」
「相手の行動をコントロールすることはできない。」
頭ではよく分かっているつもりなのに、それでも、相手の反応や返答を期待してしまう私がいます。
「肯定」でなくてもいい。 とにかく何らかの反応で、「承認」してほしい――。
だから、自分もなるべく、周りの人や子供たちのことを、できる限り「承認」したいと思っています。「分かるよ。」「がんばってるね。」などなど。
そう、私がこだわっている「共感」って、「承認してあげる」って事かも。
そしてそれは、「私が」共感してもらいたいから。承認してもらいたいから。
だから、そこに こだわっているのかも知れません。「自分が欲しいものだから、相手にもなるべく与えてあげたい。」 そう、無意識に思っているのでしょう。
ところで、ママイキやコーチングで言う「承認」が、イコール ここで言う「ストローク」になるのでしょうか。
いや、ストロークだけでは、否定的なものも含まれるから、「肯定的ストローク」をイコールとした方がいいですね・・・。
「聞いているの?」
「分かっているの?」
「何回いったら分かるの?」
私がキレるポイントって、もしかしたらそこかも知れません。
「こんなに言っているのに、分かってくれない。」
「こんなに困っているのに、言うことを聞いてくれない。」
――「子供が言うことを聞かない」。
私が反応するのは、いつもそこなんです。
もしかして文字通り、
「私の言うこと」、「私の存在や言葉」を、彼らが無視している。認めてくれていない。
そういう風に、「反応」していたのかも知れません・・・。
そう考えれば、子供たちが、私がせっかく作った料理などを食べない時に、毎回無性に腹が立つことにも、納得がいきます。
私の”言葉”や”料理”や”状況”を、子供たちが受け入れてくれない時に、私は、無性に腹が立って、キレていたのかも知れません。そして、ひどい「否定的ストローク」を、ぶつけていたのかも知れません。
ここで、再確認。
○相手から望む反応が得られないことは、決して、イコール「私を否定している」ということではない。
この記事を読んだのが1年前だったら、同じような衝撃や発見はなかったかも知れません。
今、このタイミングだから、いろいろなことが繋がって、分かってきたのかも知れません。
今だからこそ、「自分の母親を恨む」というところに逃げないで、
望む人生、望む私に繋げるには、どうしたらいいのか、考えられる・・・。
そういう見方ができるようになったから、やっと今になって、自分のビリーフや真実が見えてきたのかも知れませんね。
自分や真実に向き合うのは、つらい時もありますが、がんばります。
≪後日談≫
この記事に対して、いっしょにIKUJI仲間の「さとりん」さんが、とても嬉しいメッセージをくれました。
さとりんさんに許可を頂いて、こちらの記事で紹介しています。