facebookの「誕生日おめでとう」やめます。

じぶん理解

facebookの「誕生日おめでとう」やめます。

昨日7月6日は、私の43歳の誕生日でした。
これを機に、
facebookの「お誕生日おめでとう」のやり取りを一切やめることにしました。


具体的に言うと、以下の通りです。

【1】私の誕生日のお知らせが、facebookの友達に行かないように設定する。
(設定の仕方は記事後半)

【2】お友達への「お誕生日おめでとう」メッセージも、facebookのあのシステム上では、
今後は一切辞退させてもらう。
(記事やコメント、個別メッセージで自主的にすることは除く。
自分の意志でやりたい時はやる。)

ちなみに、私がfacebookを始めたのは2012年。
札幌で知り合った、SE療法の仲間たち。
全国にいるその仲間たちと繋がるために、facebookはとても便利なツールで、
それで始めたのがきっかけでした。

facebook03
そして、facebookにある「友人の誕生日を事前に教えてくれる」システム。
これも、最初のうちは素直に、喜んで利用させてもらっていました。
でもそれが、だんだん重く、気になるようになってきました。

なぜかと言うと、せっかくfacebookに教えてもらっても、
それで「お祝いメッセージを送る人」と「送らない人」が、
何となく分かれて出来てしまう
からです。

これは、別に悪気がある訳でなく、正直明確な基準もないまま、
何となく、そうなってしまっていました。

そもそも私は、facebookのチェックを、そんなに頻繁にはしていません。
(数日見ないこともしょっちゅう。)
そうすると、facebookがせっかく友達の誕生日を教えてくれても、
私がそれに気付かずに、見過ごしてしまうこともあります。

また、facebookからのお知らせに気がついても、
即、反射的に(事務的に?)その全員にメッセージを送ろう!とはなれませんでした。
自分の気持ちと行動は、やはり、ある程度は一致というか、納得する形にしたい。

でも正直、誕生日おめでとうのメッセージを、
「送りたい人・送りやすい人」と、
「そこまで親しくないかな・・・とためらってしまう人」と、
両方いらっしゃるのが現実でした。

また、「私が誕生日の時、この人にはメッセージをもらったからお返ししなくちゃ。」
なんて、まるで香典のやり取りみたいに、義理を考えるようにもなってきました。

こうなってくると、私がおめでとうメッセージをもらう立場になっても、
「どれだけの人が、私にメッセージを送りたいと(純粋に)思って、
送ってくれるのだろう。」
「この人はマメな人だから、とりあえず義理でくれたんじゃないかな。」
「あ、この人からメッセージをもらっちゃった。私は送ってなかったのにマズい。」

・・・だなんて、本当につまらないことを考えるようになってしまって。
何だかだんだん、「純粋にお祝いする気持ち」「純粋に喜ぶ気持ち」から、
遠ざかっていく感じになってしまった
のでした。

こういう状態になっているのが、すごくイヤで。
そこで、今年実行したのが、

【1】私の誕生日のお知らせが、facebookの友達に行かないように設定する。

やり方は簡単です。
「その他」→「プライバシーショートカット」→「プライバシー設定の確認」に行き、

facebookの誕生日おめでとう、やめます

プロフィール情報の「生年月日」について、シェアする相手の範囲を、
「自分のみ」にするだけです。

facebook02
おかげさまで?、
今年は、facebook上で「お誕生日おめでとう」メッセージを頂くことは、
一つもありませんでした。

でも、
・誕生日の朝、顔を見て一番に、「誕生日おめでとう」を言ってくれたダンナ。
帰りには、いらないよと伝えていたのに、ケーキも買ってきてくれました。

・「プレゼントはないけど、気持ちだけあげる。」と覚えてくれていた娘。

・「先生。今日、誕生日でしたよね。」とお菓子までくださった、
カウンセリングのお客さま。

・個別に、誕生日おめでとうのメールを送ってくれた、実家の母親。
妹のY子。幼なじみのTちゃん。

・・・こういう、「誰かから促されたから」とか、「義理」とかではなく、
純粋に覚えてくれていて、そして自発的にお祝いしてくださったありがたい出来事に、
心から、感謝と嬉しい気持ちを味わうことができた
のでした。

この場をお借りして、改めてお礼を言いたいです。
上記の「誕生日おめでとう」をくださった皆さん、純粋にうれしかったです。
ありがとうございました。

▼大きいホールのケーキはいらない、と言っていた私に、夫が買ってきたケーキ。
cake
・・・うん。
やっぱり、こういう、シンプルで自然な状態の方が、いいなぁ。
お祝いする側としても、お祝いされる側になったとしても。

・・・という訳で、ごめんなさい。

【2】お友達への「お誕生日おめでとう」メッセージも、
facebookのあのシステムを使う形では、今後は一切辞退させていただきます。
(ただし、記事やコメント、メッセージなどで自主的にすることは除きます。
自分の意志でやりたい時には、自由にやりたいと思います。)

ちなみに、誤解されたくないので、念のため。

これまでも、これからも、
facebookで「お誕生日おめでとう」のやり取りをする方たちを、
否定するつもりは全くありません。

難しいことを考えずに、純粋にお祝いしあえるなら、
それはそれで素晴らしいことだと思います。

逆に、別に「純粋」じゃなくたって、「義理」でやり取りすることも、
あったっていいと思います。
私は、「義理」を 完全に否定する気はありません。

ただ私個人は、上に書いたような理由から、勝手に苦手になっちゃっただけです。
プレッシャーになっちゃっただけです。
だから、今回のような線引きを決めて、自分をラクにさせてあげようと思っただけです。

facebookなどのSNSについては、
他にも、いろいろ感じたり考えたりすることがあるのですが、
自分なりに、上手な距離感を試行錯誤していこうと思っています。

 

四葉さわこ

四葉さわこ

公認心理師。愛着トラウマが専門。カウンセリングルーム「アイバランス」代表。

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