トラウマ療法

ものすごい、衝撃だった。

わたしって、こんなにも、自分を認めることに飢えていたんだ。
かつて流行った、「自分で自分を褒めてあげたい。」の言葉。
・・・そうだよね、うんうん。 自分で自分を認めることは大事だよね、うん分かるわ。 って思ってたのに。

なのに、
ちっとも、認めていなかったよ、自分自身を。

 

・・・「認めて、認めて!」の光線は出していた。

私って、こんなこと考えてるの。
私って、こんなに頑張っているの。
私って、こんなに大変なの。
認めて! わかって! 褒めてよ! 言うこと聞いてよ!

友達にも、家族にも、子どもにも、いつもいつも、訴えていたような気がする。
直接訴えることは、ほとんどしなかったけど。
でも、言葉に、顔に、行動に、きっとイヤラシイほど にじみ出ていたんだろうね。

 

・・・「他人」じゃなく、「自分自身」が、認めてあげれば よかった のにね。
どうしてそこだけ抜け落ちて、「他人」に認めてもらおうと思っていた んだろう。

自分では、全く気がついていなかった。

バランス

私は、子どものころ、「母親に認めてもらった」と思った記憶が一度もない。

・・・本当にないんだ。

・わたしの容姿。
・体質。
・好きなこと。
・がんばっていたこと。
・進路を考える自由。
・将来を決める自由。

 

これ書いている時も、涙が、後から後からあふれてくる。

 

本当に、認めてもらいたかった。
・・・だから、頑張っていた。

学校の勉強も がんばった。
いい子ぶりっ子も がんばった。
正しさや常識で、母に訴えることも がんばった。
大学受験もがんばった。 自分のやりたいこと、欲しいもの、できるだけ手に入れられるように、がんばった。

・・・本当に、自分でも健気に思うくらい、がんばっていたなぁ。

 

そして、間違った認識を持ってしまった。

 

「がんばれば」、必ず結果はついてくると。
真面目に、正しいやり方でやっているなら、「理想」も「結果」も、必ず手に入るものだろうと。

実際20代までは、だいたいのものが、それで手に入っていた。

でも。

「育児と仕事の両立」は、頑張っても頑張っても、「理想」の形にはならなかったんだよね。
育児自体も、頑張って努力したところで、子どもたちを 望む通りに コントロールすることなど、できなかった。

決して、無理なことは要求してないつもりだったんだけどね。
例えば、わたしが一生懸命つくった料理は、食べてもらいたい、とかさ。

でも、そんなことすら叶わないのよ、子どもってヤツはさ。(笑)

バランス

昨日、尊敬する彼女に、その気付きを引き出してもらった。

その気付きを得て、私は初めて、 子ども時代に頑張っていた自分を、正面から認めてあげることができた。
そして、今現在の私も、自分自ら 認められるようになった。

そうしたら、本当に うれしくてうれしくて。

それだけの行動で、涙があふれてくるのよ。
自分へのねぎらいの言葉や褒め言葉を、頭に思い浮かべるだけで。
こうやって、キーボードに打ち込んでいるだけで。

・・・うれしくて、感動で、涙が出てくる。

こんなに、私、自分を認めることに 飢えていたんだ。

改めて、深く深く、気がついた。
ありがとう。

人生の色が、変わったかも知れない。