承認。ありのままの自分を認める。(その1)からの続きです。

そして私は、馬鹿正直に真正面から、(^^;)
承認」ということ、「ありのままを認める」ということについて、模索し、考えることとなった。
何といっても、人に説明しなくちゃいけない訳だから。(笑)
承認とは何か、感情の成仏とは何かと。
受講してくれるママたちに対して。

以下、8月31日のレクチャー試験で説明した、
私の「承認とは」 ・・・の概要です。
試験結果を先に書いちゃうと、山崎コーチよりお褒めの言葉を
頂き、初めて、「合格」の言葉を頂くことができた。(感動・・・!)

自分自身の体験、学校現場で子供たちを見てきて、私が痛感してきたことなどから、その実体験をエピソードに混じえ、私が到った結論、私が考える、「本当に大切なことは何か」について、説明したつもりだ。

簡単にまとめようと思ったんだけど、やっぱり、ちょっと難しい。
でも、何とかまとめたので、興味がある方は読んで下さい。

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「承認」とは

承認とは、「そのままを認め、そして認めたよと伝えること」である。

□伝える方法としては、「言葉」と「言葉以外のもの」がある。
そして、言葉以外のものも、かなり重要である。

□人の、何を承認するのか。

(1)存在(いのち、性別、身体、能力、生まれ持った個性など)
(2)人格・価値観
(3)感情
(4)行動
(5)経過
(6)結果
(7)評価

一般的に、(6)や(7)にばかり目を向けることが多い。
勉強ひとつとっても、テストの結果や成績、行っている学校や学歴などに目を向け、それで人を判断したり、評価したり。
でも、私たちが目を向けるべきなのは、もっと前の部分だ。

親として人間として、目を向け、承認してほしいのは、
(1)、(3)(4)(5)である。

特に(1)は、無条件に承認して(認めて)ほしい。
その人の存在。生きていること。男に生まれたこと。女に生まれたこと。
生まれ持った能力。個性。身体のこと。

何人たりとも、否定することは許されない。
だって、変えようがなく、変えがたいものだから。
何よりも尊いものだから。

「お前は、橋の下で拾ってきたんだ。」
「お前なんか 生まなければよかった。」
「本当は男の子(女の子)が欲しかったのに。」

間違っても、冗談でも、言ってはいけない。
それは、子供や相手の存在自体を否定する言葉である。

(1)だけは、無条件に肯定的に承認するものである。
そしてそれを、見返りすらも求めずに、純粋に与えることができる時、いわゆる「無償の愛」になるのだと思う。

(1)を無条件に肯定的に承認してあげると、人は、「自己肯定感
を養うことができる。「私は、このままで大丈夫なんだ。OKなんだ。」という安心感。肯定感。
親が、まず子供に与えてほしいのは、この「自己肯定感」である。

そして、この「自己肯定感」が低いと、とても生きづらい。
実は私は、この自己肯定感がかなり低かった。
(↑ここの部分については、次回の記事で書きます。)

そして、中学校などで問題行動(不登校、いじめ、非行など)を起こしている子供たちは、決まって、自己肯定感が低かった。自分なんてどうでもいい。自分に自信が持てない。分からない。
そんな子供たちが、様々な問題行動を起こしたり、不安感を訴えたりする。

親でなくてもいい。誰か近しい人が、その人の存在(1)を、無条件に承認してあげること。そして、自分はこのままでも
OKなんだという、自己肯定感を養ってあげること。そんな価値観、プラスの見方(2)をつけることが、本当に大切である。

 

そしてこれは、ある程度の年齢になれば、自分自身でも出来ることである。

自分はOKという価値観がないと、物事に対して、悲観的だったり、否定的だったり、偏った見方・考え方(2)に
なってしまいがちだ。

そして、そういうものの見方・考え方(2)は、様々なマイナス感情(3)を引き起こすことにもなる。恐れ、不安、自暴自棄、どこか満たされないという感じ(不足感)など・・・。

そんな感情があるからこそ、先の中学生の例で言えば、様々な問題行動(4)を起こすのだ。
母親の例で言えば、イライラや不安感があるからこそ、つい、子供に怒鳴ってしまったり、当たってしまったりする。

行動の前には、必ず感情がある。 理由があるのだ。

親、周りの大人たち、そして自分自身が認めてほしいのは、この「感情」の部分である。
なぜ、そのような行動を起こしたのか。起こしているのか。

ともすると、「不登校」「問題児」「児童虐待」のような、結果や評価にばかり目が行きがちだけど、それはあくまで結果であって、目を向けるべきは、プロセスの部分である。感情の部分である。

しかも厳密に言えば、どこを「結果」(6)と見るかも、人や考えによって変わってしまう。 「結果」なんて見方も、またいい加減ものなのだ。どこに基準を置くかによって、「結果」なのか、「プロセス(経過)」なのか、判断は変わってしまうものだから。
そして人は、成長していく生き物である。

一番大切な承認は、(1)の「存在承認」である。
 全ては、ここから始まる。 ここを、自分でもいい。親でもいい。
とにかく「無条件」に「無償の愛」で認めること。
そして、自己肯定感を養ってあげること。
それが、自分自身や子供たちの、生きる力を養うことに繋がっている。

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(→次回の記事(3)に続く。)