【21】一生に一度の勇気を使うべきか

じぶん理解


【21】一生に一度の勇気を使うべきか

「いっしょにIKUJI」企画、第21回目です。

ベストセラー本、「鏡の法則」のクライマックス・シーンですね。
ここの部分は、数ヶ月前本で読んだ時は、感動しながらも、
大きな違和感を覚えたところでした。
でも今回は、受け止め方が変わりました・・・。


▼今回の記事
一生に一度の勇気を使う場面って、どんな場面?
※今回も、概要はあえて書きませんね。


<感想&気付き>

書籍で「鏡の法則」を読んだ時も、この場面はあまりにインパクトが強くて、
自分のことのようにドキドキしながら読んでしまった。

A子がこれまでに取ってきたという、父への態度は、
私の、これまでの父に対する接し方と、たいして変わらない。

しかも、母に対しては。
「許せない」という思いを、ずっと抱えてこれまで来た。

私の中で、いろいろな意味で、大きな位置を占めている。
アダルトチルドレン関係の本を、たくさん読んだこともあった。

しかし今、自分が子供を生み、育てるようになって、
いろいろな問題と直面している。

母に対しては、いろいろな思いを抱いてきた私だったけれど、
今、母以上に、「できない」私がいる。
母以上に、「至らない」私がいる。

理想と現実のギャップ。
自己嫌悪感。
葛藤。

仕事を辞めて、起業を目指し、幸か不幸か、
母のあの頃の思いを想像できるようになってきた。

母だって、大変だったんじゃないか。
母だって、自己嫌悪感を感じながら、それでも抑えられなかったのではないか。
愚痴を言わなければ、やっていられなかったのではないか。

・・・でも、怖い。

「鏡の法則」の、この許しの行動を起こすことは、
野口さんが言うように、あまりにも勇気がいることだ。

形だけでいい、そうは言われても・・・。
もう少し、時間が欲しい。
少なくとも、1年前の私に比べたら、明らかな変化が起きていると思うから。

もう少し、消化する時間を待てないだろうか。
そんなことを言っていたら、いけないのだろうか。

・・・これは、言い訳なんだろうか。

 

四葉さわこ

四葉さわこ

公認心理師。愛着トラウマが専門。カウンセリングルーム「アイバランス」代表。

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