2008年5月7日

GWをはさんで、続きの投稿が遅れました。 申し訳ありません~!
さて、長男と私(7)の続き、一応、最終回です。

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このシリーズの最初の頃にも書いたけど、
私、子どもとの相性っていうのは、やっぱりあると思っている。
(だって、人間対人間だし。)
正直、自分にとって、「育てやすい子」と「苦労する子」って、ある気がする。

やっぱり私は、いけないのかも知れないけれど、
長男と下の娘では、「育てやすさ」の差を感じてしまうのだ。
(彼らへの「愛情」には、差はない。)

男女差」での違いもあるだろう。
よく、男の子より女の子の方が育てやすいって言うけれど、
うちも、それは当てはまっている気がする。
(私が女だから、っていうのもある?)

1番目の子どもと2番目の子どもの違い、というのもあるだろう。
(最初の子どもの方が、親が神経質に育てちゃう分、
 子どもの方まで 神経質になりがちな気はする。
 ちなみに私自身も、一番目の子ども、「長女」です。(^^;))

もちろん、子どもが生まれた時から持っている、性格や気質の
違い・・・「個人差」
も、強く感じている。
同じ親から生まれても、やっぱり「個性」は違うんだよね。

相性、個性ということでは・・・
先日、こんな興味深い話もあった。ママ友達と集まる機会が
あって、その時、子どもの話になった時のこと。

あるお母さんのお子さんが、うちの長男と同じ男の子、
同じ1年生なのに・・・
話を聞いていくと、うちの息子と 様子がまるで違うのだ。
あまりの違いぶりに、私は本当に驚いた。

うちの長男と、個性がいわば、「」なのである。
そして そのママは、私とは反対の部分で、悩んだり
気にかけていたりする
ことが分かった。

そのお母さんのお子さんは、いわゆる、
「おとなしくて手の掛からないタイプ」。
「1聞けば10わかってしまう」、敏感で周りに気を遣うタイプ。
・・・のお子さんなのだ。

最初は、「そんなお子さんだなんて、育てやすそうでうらやましい~」
と思った。でも話を詳しく聞いていくと、それはそれで、
親としては心配なことがあるのだ。
私も、具体的な話をいろいろ聞いているうちに、「そうだな・・・
確かにそういう子どもだったら、私も、そういう事が心配になって
くるだろうな~。」と感じた。
敏感だからこそ、親が気を遣う部分もたくさんあるのだ。

ちなみに、面白いよな~と思ったことがある。
私の場合も そのママの場合も、子どものタイプが、なぜか
親である自分とは「逆のタイプ」、「違うタイプ」の子どもなのだ。
なぜか そのように授かっている。
その事実が面白いな、と思った。

ところで、私たちはそうだけれど、逆にあえて
「自分と似ているタイプ」のお子さんを授かっている人もいる
のだろうな。 それもまた、偶然ではなく、必然だったりして。

このシリーズの最初の方で、読者の方に、
「長男さんのことは、バランスさんにとっての、貴重な試練
なんでしょうね」というようなコメントを頂いた。

これは、本当にその通りかも知れないな、と思う。
試練というか、うーん、課題? 学び

わざと、自分と違うタイプの子ども、一見 手の掛かる、
相性が悪いんではと心配になるような子どもを授かって、
私は、学ばせてもらっているのかも知れない。
ましてや私は、子育て中のお母さんたちの相談に乗ることが
多いんだものね。自分自身が子育てに苦労してなくちゃ、
こういう、言う事をきかない子どもを持っている(笑)、
お母さんたちの苦労に、心から共感してあげることが
できないもの。 ついでに、私が、男の子と女の子の両方を
授かったのも、そういうことなのかな~と思っている。

(ちなみに、私が8年間という短い期間で、小学校も中学校も、
 特別教育学級の担任まで、やらせてもらったことも、
 偶然というよりは 学ばせてもらうための必然だったのかなと
 感じています。)

そうそう、教員をやっていた頃も、正直、それぞれの子どもとの
相性
というものは、感じていたっけ。
そして、私にとって相性のいい(指導のしやすい)生徒が、
必ずしも、別の先生にとっても そうだとは限らなかった
のよね。
諸々の事情の違いもあるけれど、個性の違い、相性の違い
ってものは、本当にあるんだなと思う。

ちなみに、私は決して、
「相性の悪い子(人)はあきらめて、いい加減に接すればいい」
と言っている訳ではない。
(もし「あきらめる」なら、自分が持っている ”強いこだわり”を
 ゆるめるような、そういうあきらめは、必要だと思う。)

「相性」ということは、
「相手」と「私」、双方の関係性から成り立つことだ。

ということは、相手だけでなく、自分自身の性格とか
受けとめ方にも、やっぱり問題がある
訳で、
(問題というか”違い”?)
それなら、自分側の受けとめ方や対応を変えれば、関係(相性)が
改善する、ということも、十分あり得る
と思うのだ。

(もちろん、相性が悪いのが”単なる知人”だったら、適当な
 付き合いに留めておく、という選択もアリだと思うけど。)

でも、どうしても付き合わなくてはいけない相手・・・
子どもとか、お姑さんとか、自分の親とか・・・だったら、
これはもう、貴重な学びとして、与えられているんだと思う。

どちらの性格や受けとめ方が正しい。
どちらのタイプが好ましい、というのではなく。

世の中には、いろいろなタイプや価値観の人間がいて、
(私と長男だったら、私は真面目に頑張りたいタイプ。
 長男は、フザけたり楽しくやったりするのが好きなタイプ。)

これはもう、ただ「違う」だけで、どちらにもそれぞれの良さや、
不得手があるのだから、もう、しょうがない。
どちらが正しいとか、違うからダメ、とかではなく・・・。

「みんな違って、みんないい。」のだ。

大切なことは、どう付き合ったり、受けとめたりすることが、
「お互いにとって、幸せか」
「幸せな関係に出来るか」
って事なんだと思う。

そう、判断基準は「正しさ」じゃなくて、
「お互いに幸せかどうか」だと思う。

私は、長男を含め、家族のみんなと幸せな関係を築きたいし、
家族のみんなに、幸せになってもらいたい。

だから、相性が悪いなんて逃げずに、
学ばせてもらって、「愛は動詞」で行動に示して
チャレンジして、がんばっていこう。

きっと、”忍耐力“とか、”工夫する力“とか、
いろいろな人間がいるんだぞ~という悟り“などを、
私は、学ばせてもらっているのだろう。

「育児は育自」。

本当に その通りだと思う。
これからも、学ばせて頂きますよ。長男くん。

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※思った以上に長いシリーズになってしまいました。
 ここまで読んで頂いた皆様、本当にありがとうございました。

 また、今回はコメントのお返事ができずにいて、申し訳ありません。
 お返事のタイミングを逃したまま、ここまで来てしまいました・・・。
 でも、後でゆっくり、お返事を書きたいなと思っています。
 これからも、気が向いた時に、ぜひ読みに遊びに来て下さいね。