経験ない人の言葉は、すぐ分かる。


 私が特にそう感じるのは、スポーツや子育てについて、
人が語った時。

 ずっとワールドカップが続いていたけど、みんなついつい、
選手について、監督の采配について、言いたいことを言っちゃう
よね。でも、サッカーの経験もない人が、えらそうなこと言ってる
のは、やっぱり変な感じだし、なんとなく分かる。

「そんなこと言って、お前はできるのかよ!」

                って 突っ込みたくなる。

 その点、ズームインSUPERのスポーツジャーナリスト、中西哲生さんの
評論やコメントは、本当に説得力があっていいと思う。私はサッカーには
詳しくないけど、この人の説明は、自分のサッカー経験+熱心な研究で、
上手に組み立てられているのが、よく分かる。
しかも、へんに難しい言葉を使わない。
いつ聞いても、彼の評論は上手いな、と感心してしまう。

 親のあるべき姿や、子育てについて語る時も、同様だ。

 独身の人、子どもとの関わりが少ない人が話す時は、それがすぐ
分かってしまう。テレビでは よくいろんな人が、コメンテーターとか言って、
偉そうなこと言ってるけど、…分かるよね。
 
 そういう人たちの意見は、なんというか、現実感がやっぱりなくて、
「理想」とか「知ったふう」を語ることが多いんだよね。

  私自身も、実は、そうだった。

 自分が子供の時や、独身での教員時代は、とかく「親」に対して、
理想をふりかざした要求や、批判心があったように思う。
 
それは結局の所、自分自身が「親」としての苦労や悩みを、
実体験として体感したり、分かったりしてなかったからだと思う。

 自分が実際に子どもを持って、そのことに、初めて気がついた。

 教員時代、同僚として教師たちを見ていても、やっぱりそんなことを
感じていたよ。どこがどう、と言うのは難しいんだけれど、やっぱり、
自分の子どもを持っている教師と、そうじゃない教師とでは、何か、
違う部分があるんだよね。
 それは男、女に限らず。
 あえて言えば、独身者や子どもがいない人の方が、「理想」を
語っていたような気がするなぁ。

 もちろん、理想を持つ部分は、大事なんだけれど。

 とにかく私は、経験ないことに対して、まるで

 「知ったふう」に、  「エラソー」に、

 ものを言わないよう、気をつけよう・・・と思った次第でした。

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