「ぬるい環境にいてはいけない。」

 女性起業塾に行っていた時、講義の中で聞いた言葉だ。
例えばそれは、グダグダと愚痴ばかり言っていて、お互いが、
そのぬるま湯の中で安心しているような、そんな集団。

ある意味「やさしい」集団。けれど、発展性がない。

そんな所にいては、安心はできるだろうけれど、ちっとも
成長できない。高まらない。だから意識して、ぬるい環境
には収まらず、向上できる環境に身を置くべきだ。
・・・そんなことを、その講義の先生は言っていた。
まあ、ビジネスを考える所なんだから、ある意味、当然の話
かも 知れないけれど。

「ぬるさ」という表現が、私にはすごく印象的で、今でも
心に残っている。

――時には、「厳しさ」が必要だ。

厳しい言葉。厳しい現実を知る。…厳しいしつけ。
やるべき時はやらないと、いつまでたっても人は、向上できない。
成長できない。

そうだな。本当にそうだな、と思う。

だけれど私は、最近この、「ぬるさ・甘さ」と「必要な厳しさ」との、
見極め点やバランス点が、どうも取れない。分からない。

子どもたちへの接し方も。

子どもの意見を尊重したり、子どものペースを守ってやったり
していたら、ある意味どうしても、「ぬるく」「甘い」対応に
なってしまう。

例えばスーパーに行った時。
ボウケンジャーのお菓子が欲しいと、子どもがごねる。
「今日は、お菓子は買わないって 言ったでしょ。」
諭すように言う。

だけど、いくら諭すように言っても、子どもは一向に受け入れず、
その場で泣き始める。

そんな時、どうするか。

とりあえず私は、2回に1回は、安めのお菓子(立派なオマケが
付いてて、高いヤツは×!)を、買ってやってしまう。
だって、うるさいんだもの。 それに、本当にどうしても欲しそうだから。

だけど、毎回は買ってやらない。
「今日は、買わないったら買わないの!」 泣きわめく子どもを
ふんづかまえて、無理やり売り場を離れることもある。

小さい子どもたちとの生活は、いつもいつも、こういう状況や
判断に迫られる。 まさに、「しつけ」を迫られる。
私ははっきり言って、その時の気分(自分なりの価値観、と言った
方がいいのかな? …いや、気分だけの時もあるな。)で、対応を
決めている事が多い。

だけど、どこからが"厳しく"て、どこからが"甘さ"になる訳?

そして、親は子どもに対して、厳しければいいってものじゃないことも、
甘さ…「許容」と言った方がいいのかな、それが必要な部分もあることも、
私は知っている。

小さい子どもたちなんて、まずは、「無条件の愛」を体得させる
べきだよね。 受け入れて、認めてあげて、抱っこしてあげて…。
知ってるよ、どんな育児書にも書いてあるし。
 それに、発達心理学的にもそうだ、ってことは、知識と経験、
両方から分かっている。
(十分に甘えて育ってこなかった子は、情緒が安定しないんだよ、
成長してからも。 学校で多くの子どもたちを見ていて、本当に
そうだな、と思った。)

ちなみに私は、結構、口うるさい方だと思う。
間違ったこと、嫌いだから。(笑)
必要なしつけは、ちゃんとしたいと思っているから。

ただ、そのバランス点や、見極め点が、正直分からない。

「父性」と「母性」の違い、とも言えるのかなぁ。

間違っていることは間違っていると、時には厳しい態度で
臨む、そんな在り方 → 「父性」?

無条件に相手を認め、受け入れてあげる、時には
甘やかしとも取られる、そんな在り方 → 「母性」?


私は、多分、「父性」が強い気がする。
間違っていることや わがままが、許せない所がある。

でも、母親である私が父性が強いのは、間違っているのかな?
両親が揃っている環境なら、どちらかが父性を、どちらかが母性を
発揮する(役割分担する)のがいいとは、聞いたことがあるけど。

――子どもに対するしつけだけじゃなく。

先に言った、自分が所属する環境についても。
それから、人に対する対応という点でも。
自分に対しても。

「甘さ・ぬるさ」と「必要な厳しさ」の見極め・使い分けが、
私には、どうしても難しい。

バランスなんだよな、きっと。
そうなんだろうな、っていうのは、頭では、なんとなく分かるんだけど。

でもそれじゃ、ちっとも、具体的な解決策にならない。
明確な答えが、欲しいんだよなぁ。

その、バランス点や見極め点は、どうやって捕まえたらいいの?