2007年11月8日

前回の記事の続きです。

前回記事のコメントでも頂きましたが、

つい行政や先生たちは、
ごく一部」の「インパクトある大変な人」「大変なケース」に
目や感情を奪われてしまって、
そちらに向けてのメッセージ、もしくは、そんなことを予防したいという
メッセージ
 を出してしまうんですね。 

特に、私が行った就学前健診のような場・・・ 多くの親たちが
集まってくれる場
だと、そうなっちゃうんだと思います。
普段の学校だったら、保護者向けの資料、PTAの集まり、
授業参観後の学年懇談会、学級懇談会などが、そのような場に
あたると思います。

でも、そのようなメッセージを真剣に受け止めてくれるのは、
真面目で善良な方たちなんですよね・・・。
(つまり、そんなに心配しなくていい人たち。)

本当にメッセージを届けたい、あるいは聴いてほしい人(親御さん)は、
大抵、その場にすらいなかったり、もしくはいても、そのメッセージを
ちゃんと受け取っていなかったり・・・
が、現実のような気がします。

(↑こういう書き方すると、反感もらっちゃうかしら。(^^;)
  教員の立場だったら、絶対書けなかった文章だわ・・・。)

あとは、教員や行政の人たちって、あまりにも、マスコミや一部の人たちに
叩かれる(文句を言われる)
ので、 一般市民全体や保護者たち全体に対しても、
・・・何と言うのかなぁ。 「身構えてしまったり」「なかなか分かってくれないと、
どこか卑屈になっていたり」する部分が、あるような気がします。

それから、公務員というと、ろくに仕事してないというか、ラクしてるように
捉える人がいますが、それもやっぱり誤解だと思いますよ。
確かに一部、あぐらをかいてるような人、勘違いしている公務員もいるかも
知れませんが、それって、どこの会社や集団にも、いるじゃないですか。

大抵の先生たちや公務員は、真面目に一生懸命、仕事してますよ
「上」(国や県、教育委員会)からの要請に応え、
一般市民・保護者たちの多種多様な要望に、できる限り誠実に
(または保身的に?)、対応しようと頑張っています。

でも、あんまりいろいろ言われて、自分たちも自分たちの仕事で、結構
いっぱいいっぱいになっちゃっているので、(学校の先生たち、本当に
忙しいんですよ。頑張っているんですよ。) 気持ちに、全然余裕がない
んですよね。 だから、ついつい事務的な対応しちゃったり、相手にちゃんと
寄り添った対応ができなかったり、してしまう。

もしくは、先の例に挙げたような、「こうして下さいね!」みたいな部分が、
どうしても出ちゃったりするんだと思います・・・。

結局ね。 同じなんですよ。

学校の先生にも、一般の親たちにも、どこの集団にいったって、
信じられないような人、またはケースがある。
それを私たちは、実際に目にしている。 嫌な目にあったこともある。

「だから行政は・・・」
「だから学校の先生は・・・」
「だから今時の子どもは・・・」
「だから今時の親たちは・・・」

その一部の人、一部の体験をもって、
全体を捉えるような、全体を決め付けるような、偏った感情を
持ってしまう。 偏った評価をしてしまう。

確かに、自分が実際に いやな目やいやな人にあっているとしたら、
そういう感情や目を持ってしまうことは、ある程度 人情として
分からなくもないけれど・・・。

でも、そういう「十把ひとからげ」的発想で、ただただ、お互いを
非難したり悪く見たりするのって・・・ 。
結局、何もいいことないですよね。 いい結果を生み出さないですよね。

▼「十把(じっぱ)ひとからげ」 ~yahoo辞書より~
 

いろいろな種類のものを、区別なしにひとまとめにして扱うこと。
また、一つ一つ取り上げるほどの価値がないものとして、
ひとまとめに扱うこと。「-にして考える」

私は、公務員にも、民間にも(私も民間で営業やっていた時期があります。)
学校の先生にも、一般のお母さんたちにも、一部の例外は必ずある
思います。 (ちなみに、マスコミなどで取り上げるのは、その「一部」、
しかも悪い例がほとんど・・・ですよね。)

大多数の人は、頑張ってやっている。

それぞれのところに、それぞれの苦労や大変さが、必ずある。 

だから、
「十把ひとからげ」的視点や、相手の立場や事情を
一部しか知らない状況で、相手のことを責めたり、
非難したりすることは、愚か以外の何物でもない。
 

もし、お互いの立場を、実際に体験してみたら・・・
きっと、見えなかった苦労や感情が、たくさんたくさん、
見えてくると思います。

さすがに、全ての立場を実際に体験することはできないけれど。
でも、想像したり、思いやったりすることは出来ますよね。

とにかく、これだけは たぶん真実。

大多数の人は、頑張ってやっている。
それぞれの立場で、一生懸命がんばってる。

あえて言うなら、今現在、信じられないようなことを
している人たちだって、きっと、その人なりの歴史や事情があって、
そうなってしまっているだけかも知れない。
私は、まだまだそう思える包容力に足りないけれど、頭では
そう感じます。

きっと、人間というものは 本来 全て、
みんなみんな、愛すべき人たち 

・・・なんじゃないかなぁ。 私はそう思いたいなぁ。

なーんて、何だか 優等生っぽいまとめ方になってしまった。(^^;)

でも、改めて、私も気をつけたいと思います。
「十把ひとからげ」や「1か10視点」は、本当に危険。
常に、愛情ベースで相手を思いやれる。

そんな視点を忘れない私でありたい。